Vol.21  1988.1
#5

LIVE<音楽・イベント>

おかしくても笑わねぇぞ。
こういう顔(目を吊り上げて、ギロッっと呪むポーズ)して3時間演る−−−前はそういうのが一つの価値観でもあった。
あのままの形でやれば、あのままの吉川晃司の形・イメージとか価値観が出来たと思うんだけど、そんなの、まだちっちゃいよ!
もっとさぁ、大きく広げたい。
自分の"可能性"も、僕の思っている自分の可能性と、他の人が僕に対して思っている事も違うだろうし、自分の知らない、自分のスゲエカッコイイところもあるかもしれないし、自分の知らない情けないところもあると思う。
『GLAMOROUS JUMP』は、僕が凄く作りたかったものだった。
曲にしろ、詞にしろ。
それをステージにしたら、ああなるワケ。
その形っていうのが、本当に自然に出来るようになった。
(急にニヤッと笑って、声をうわずらせる晃司)
イヤ〜、照明がねぇ、ぶっ壊れたっスよ、ハイ。
香港から買ったんですがねえ、半分使いモノにならなくて、エレー参りました。
初日の綾瀬(12/11)の夕方5時頃、照明が到着したの。
船が大阪に着いて、そこから高速道路を通って運んで来たんだけれども、途中で道路が閉鎖しちゃったとか、着いたはいいけど半分ぶ壊れて使いモノにならなかったっていう……。
香港でバリライトとか(アメリカやイギリス等で使っているものの)コピーを作っていて、コストは安いから、値段が半分で買える訳、コストが安い分、ボロっちいと言えばボロっちい。
来る間にブッ壊れちゃったっていうさぁ。
アレ〜!!
年末年始のイベント(ROCK'NROLL BAND STAND)なんか"まぁ、家にいてミカン食って紅白歌合戦見たって、ちとも面白くないからそれだったら騒いでた方がいい"っていうノリ。
"みんなで考えて、イベント的発想で何かやろう"みたいなのは、どうもすぐに「やろう、やろう」ってバカみたいにノッてやっちゃうところがある。
結果がどうなるかっていうのは、やってみなければ分からないけれども、殻を守っていたくない!!
セッションの場合、出る時間帯とか、どういう出方をするとか、凄い大きいんだよね。
「アイツよりコイツの方がカッコイイ」とか、見え方が随分違ってくるから、「出るんだったらメインにしろ!」とか、そういう裏を考えて出てこない奴もいる。
だけど、殻を守っていたら、それ以上は大きくなれないでしょ?
僕はもっと大きくなりたい。
いつも言うんだけど"お客さんがもっと自由に出来る場所がつくれたらイイナ"と思う。
席がなくて、後ろでタコ焼きとかヤキソバなんか作っちゃったりしてさ。
アベックがイチャイチャしてて、ライブなんか全然聞いていないとか、そういうノリがあってもいいと思う。
日本だとやっぱりちょっと、宗教的っていうか、軍隊的でしょ?
もっと勝手にやってた方が楽しい。
そういう場所は、何度か作ろうとしたんだけど……
おととし、西武球場の室内テニス場でやった、VIPS COLLECTIONなんかも、あれもまたグシャグシャだったでしょ〜。
"強制収容所"になってしまったっていう。
「やりたい」と思っても、消防署とかいろいろ入ってきて難しい。
みんな、結構トライしてるんだけど、だいたいはつぶされるんだ!
むこう(外国)のコンサートなんか、おじいちゃんもおばあちゃんも、家族連れも来るし、火を燃やしちゃったりなんかする。
例えば、もしそこで火事になったとしても「それはオメエらが悪いんだ」で済むのに、日本だと、もうそれは消防署のお偉いさんがクビになるとかサ。
国民性なんだよね、要するに……。
でも、難しいんだけど、そういう場所を何とか作りたいと思ってる!