■1985.10 K2 そこは空虚な廃墟だった。ほんの何年か前 には、我先に建られたハイテックでおしゃ れなアパートメントだったはずのBuilding。 その壊れた窓から、闇に浮かびあがったよう な、きわめて純白に近いふたつの瞳が見おろ していた。それは僕の視界からでさえも、 充分な数を確認できた。 そしてStreetには、ダンボールを並べただ けのBedから首だけをつき出している人々 がいた。彼等は明らかに昼間から泥酔してい た。ただ単に寝ころんでいるだけなのか、そ れとも目を閉じたふりをして僕のスキを盗も うとしているのか、よく解らない。 Dumping Groundの中で騒いでいるプエ ルトリカンは、Too Much Drugでローリ ング・ストーンズの「LET’S SPEND THE NIGHT TOGETHER」をなんとかしてカセ ットデッキごと食べようとしていた。大げさ な造りの赤茶けたGive Up Carたちが、す っとんきょうな目つきで空を見上げながら雨 が降るのを待っていた。 いたる所にペインティングされた落書きの 色達が、この街をよけいにモノクロームのイ メージにしていた。“FUCK YOU OK !“の なぐり書きが、やけに目立っていた。彼等は、 ここでいったい何をしているのだろう。マリ ワナとDrugづけの毎日。憎しみ、恐れ、苦し み……夢破れて、呼吸していることさえ感じ なくなってしまっていた。僕はまるでBed Makingのおばさんに1ドル紙幣に1セント コインをポケットにひっかけている分だけ つけ加えて置いておくような、そんな興味の 示し方で彼等の街を見ていたような気がする。 あの出会いがあるまでは。そう……彼女に 出会うまで……。 Avenue.Bの交差点の角にある、崩れかか ったダークブラウンのBuilding。その地下 2階にある“J’s Bar”は賑わっていた。マリ ワナの臭いと、外国人特有の体臭、ウイスキ ーの香りがブレンドされていて、狭い空間を 浮遊する。その空気は免疫のない僕の瞳にし みて、僕は何度もまばたきをしなければなら なかった。どうもうす暗いこの空間の中でも、 サングラスをはずすことは遠慮したかった。 僕はここで彼女と出会った。 オーストラリア人で22歳。早いうちにでき あがってしまう外国人女性から比べれば、ま だあどけない顔が、めずらしく映った。彼女 はアクセサリー・デザイナーになりたいと話 してくれた。いつも死体がころがっているよ うなこの街で、たったひとりで生活している。 僕にはショックだった。でも彼女は笑顔で答 えた。 「お金もないし、知人がいるわけじゃないし、 ここに住んでいるのは恐いけど、ワタシには これがあるんだ。」 と小さなイヤリングを差し出した。それは 細いプラスティックのリングにレザーをから ませてカラフルなビーズをつけた簡単なもの だった。どう見てもセンスのあるものではなか ったけれど、僕は嬉しく思った。彼女は夢見 ていた。この今にも死にたえてしまいそうな 誰もが目をそらして通り過ぎてしまう都会の 汚物になってしまったこの街で、彼女はつっ ぱって生きていた。笑顔ですべてを払いのけ ていた。 たくさんのことを話すことはできなかった。 なにしろ、僕は英語が上手く話せるわけじゃ ないので。難しいことはよく解らなかった。 でも、彼女に会って初めて、この街に来てよ かったと思った。 最終日、僕は彼女と5th Avenueのティフ ァニーに行って、彼女にシルバーのイヤリン グをPresentさせてもらった。彼女が新しい Good Ideaを思いついてくれれば……ほん の少しのコミュニケーション。 僕は楽しみをひとつみつけてニューヨーク を離れることができた。 そんな彼女のこと、僕は、みんなにも伝え ようと思っていた。どんな街にも、懸命に夢 追っている人がいるってこと。 すると、親切なことに、“F”誌が様々な憶 測をくっつけて、彼女を紹介してくれた。 Good Luck! |