Vol.15  1986.11
#3

−−でもそういう芸能界にいて、先行きの不安を感じたりすることはないですか?
普通に暮らしている僕でさえ、「ああ、これから先いったい自分はどうなるんだろう。
1年先、10年先は何をしているんだろう。」って感じることがよくあるんです。

晃司−−本音を言えばね、雑誌なんかでは「不安なんかありません」なんて言ってるけど、本当は不安あるよ。
どうなるか分かんないしさ。
恐いよ、確かに……。
でも、それがあるからどんどん突き進んで行きたいなって思う。
例えば向こう側に飛んだらエデンの園があるかもしれないし、断崖絶壁でそのまま下に落ちて死ぬかもしれない。
でも向こう側に興味があるから、たとえ不安であっても知りたいし、何かをつくりあげたいと思うんじゃないかな。

−−でも飛びこんでいくにはその不安を越えられる何かがないとだめでしょう?
晃司くんはその不安をどう解消しているのですか。

晃司−−不安が残ったら、向こう側へは飛べないかもしれないからね。
僕はそういう時には、自分は絶対できるんだって思うことにしている。
でも、根拠がないとそうは思えないでしょ。
だから練習するわけ。
例えば同じことをしている人が6時間練習しているとしたらやっぱり自分は10時間やらなきゃいけないと思う。
そうしたら自信がもてる。
絶対にやれるんだって思えるよ。
もし自信がなくて、70%ぐらいの力しか出せないと思っていると、そういう時って10%も力が出せないんだよね。
僕は何かに挑戦する時は、これだけやったんだから絶対できるんだっていうものを用意しているつもりだよ。
たまには、何もやっていない時もあるけどね。
そういう時ってやっぱり自信なさそうにやってるし、結局失敗している。
みんなも何に対しても自信を持ってやって欲しい。
人間だから「自分は駄目なんだ」って思うこともあるけど、やってみなくちゃわからないと思う。
そういう点で僕は、もう開き直って死ぬか生きるかわからないけれど、やってみなければ前にも後ろにも行かないんじゃないかと思ってる。
成功して夢がかなっても、駅前に寝ている浮浪者になってもどちらでもいいと思う。
ただ挑戦だけはいつもしていきたい。
今のティーンエージャーの人達って、そういう闘争心みたいなものが全体的にないような気がするね。

−−そうかも知れませんけれど……。今、自分は将来こんな職業に就きたいっていう夢があるけど、高校を卒業するまではまだその夢に向かって
本当にやりたいことだけをやっていくことはできないんですよね。
今やらなくちゃいけないことっていうのがたくさんあって。
晃司くんも、「早く高校を卒業して、これをやりたい。」と思ったことはありませんでしたか?

晃司−−僕は学生時代には、そんなにしっかりとしたものなんかなかったよ。
でも夢はたくさんあったね。
デザイナーやりたいなとか、水泳の選手もいいな、バンドやってたからミュージシャンもいいななんて思ってた。
しっかりと「僕はこれをやるんだ」って考えている人なんていない気がする。
でも、ある時の決断ていうのは必要だと思う。
学校があってやりたいことができないんだったら、行く必要ないんじゃないかな。
自分の道をしっかりと進むんだっていう決意があればね。
ただ、単に「つまんないから」っていう理由だけで学校を辞めても、何にもならないと思うよ。


−−自分の夢をかなえる為に、その準備として高校を卒業した後に上の学校に行っても、結局やりたいことができなかったら何にもならないんじゃないかなって思います。

晃司−−何をやるにも、順序が必要だと思うよ。
でも、どの位かかるかっていうのは別だよ。
3年かかる人もいるし、1年で終わる人もいる。
そこには技量の差だとか、勉強の仕方の違いがあるんだろうけどね。
でもね、学生であるっていうことは素晴らしいことだと思うよ。
友達で大学に行っている奴が「自分にはこれをやるんだっていうものがない。
お前には好きでやってる"歌"っていうものがあっていいな」っていうわけ。
逆に、僕には大学生活っていうのは経験できなかったことだしね。
どんな生活の中にも素晴らしいものは見つけられると思う。
それは、自分で学生生活をどうエンジョイするかっていうことじゃないかな。
ただし、苦しい事があってそれを乗り越えた上でのことだけれど。
そういった事を全部含めて、一番大切なのは「自分は何をやっていきたいか」ってことじゃないかと思う。
現実には、やっぱり難しいことや矛盾ばかり出てくるでしょ。
「この学校は、自分には合わない」とか「僕の家はせんべい屋さんだから、せんべい屋さんを継がなきゃ\いけない」とかいろいろ出てくると思う。
でも現実は現実として、自分の中の気持ちがしっかりしているならどんなことでもはね返すことができると思うよ。
夢に向かって。


−−でも、夢を持っていない人だっていると思います。

晃司−−夢のない人なんていないよ。

−−友達と進路の話をしても、どういうことをしたいとか、何になりたいかとかいう話をしてくれないから……。

晃司−−夢を持っていない人はいないと思うけど、現実的に考えたらそんなバカバカしいことやっていられないって思う人もいるだろうね。
例えば「宇宙飛行士になりたい」っていうと小学生でも「お前、バカじゃねーの」とか言うからさ。
そういう子に「将来何になりたいの」って聞くと、「一流大学に入って一流会社に入って、お父さんみたいになるんだ」って言うんだ。
でもそれは自分の夢じゃなくて教えられたことだよね。
そういうふうになったら、一番最悪だと思う。
夢ってそんな哲学みたく難しいものじゃなくて、どんなことでもいいんだよ。
例えばね「私はすごくすてきなお嫁さんになりたいです」とか「すごくいい奥さんになりたいんです」
でもいいし、そうだね、「いつでもすごく明るいウエイトレスさんになりたい」でも、立派な夢だと思うよ。
さっきも言ったけど、今のティーンエージャー達、といっても僕もたいして年違わないのに、あまりにも現実を考えちゃうのが多いなって思うんだ。
それと共通一次。
ああいうのはいらないと思う。
例えばペンキ塗りのうまい人とか、自分の得意なものって必ずあるはずなのに、日本は勉強だけで決められて落ちこぼれのハンを押されるじゃない。
そんなのは絶対に間違っていると思う。
ニューヨークの子供達は字も読めなければ、言葉さえ満足にしゃべれない子もいる。
でもその子達は、自分には何ができるんだとか何になりたいんだって言うわけ。
「僕は勉強はできないけれど、ペンキ塗りは上手いから、雇ってくれ」「一流のペンキ塗りになるんだ」って。
それが自由だと僕は思うんだ。
それじゃあ僕が内閣総理大臣になって、そういう日本の制度を崩せるかっていうとそうはならない。
でもね、それを僕は「音楽」でやっていきたいと思うわけ。
直接的に詩に入れるっていうんじゃなくて。
僕のライブに100万人の人が来てくれたら、それはとってもすごいことだよ。
たかが音楽、されど音楽だけど僕の音楽で何かを変えることができたらいいなと思う。
やっていることの方法と手段は違うけれど、大切なのはその人の気持ちと、その人の考え方、頑張り方だと思うよ。
だからね、極端な例だけど、大工ですごい家をつくれる人は野球選手になったとしてもホームランを打てる人だと思う。
現実にどうこうっていうのではなくて、そういうものってあると思うよ。
僕も高校やめて、この世界に入った時に「うまくいくんだろうか」っていうのはあった。
でも、全然違う世界なんだけれど水球やっていたことがすごく役に立ったね。
僕は水球でやれたんだ、手段が変わっても毎日泳いでいる様にやればできるんだって思い込む様にしてた。
空自信っていうヤツかな。(笑)
自信ができた分、余裕もでるしおおらかな気分で何にでも取り組めるでしょ。
人に会っても最初から小さくなっていたら、「ああ、こいつは小心者なんだな」と思われるじゃない?
何かわかんない、だけど態度はえらそうにしている奴だなって、それだけ相手に与えるインパクトも大きいし。
その方がやっぱり得でしょ。