Vol.16  1987.1
#3



SOUND

最近ラジオなどで「DX7をはなれた生っぽい音で……」と晃司がいっているのを耳にします。
聴き手の私達もゴチャゴチャした音に少しあきています。
今、TVやラジオから流れる曲はジャンルに関係なくほとんどのサウンドがDX7を使っている。
少し新鮮さに欠ける。
その意味でも晃司やPaPaが中心になって「吉川晃司のロック」を作り上げていくのでは−−

晃司−−何曲かは仕上がっている。
全体的なイメージとしては、前作よりも生っぽい。
シンセサイザーとかコンピューターといった機械的な音をフューチャリングした音楽っていうのはいまはもうごく普通になってるし、誰でもやっちゃってる。
面白味がなくなっている。
じゃ新しいものって何か言われても、それは最高に難しい。
 いま、BOOWYのように、キーボードの使わない生の音楽が、だから珍しいっていうか、新鮮に感じるものがあると思う。
ただ俺は、あそこまでナマの音を作りたいとは思わない。
多少、キーボードって欲しいし、コンピューターもひとつの楽器として持っていて、使いたい時に使う、使いたくない時には使わないでおく、そうしたいと思う。

−−最近に限らず、新しいものが出ると、誰かれなく右にならえ式に、それだけを使ったり取り入れたりする傾向があるからね。

晃司−−コンピューターっていうのは単純に使うことで派手になるからね。
派手な音楽が造作なく作れるし、歌謡曲も何もみな一緒でグチャグチャになってしまう。
 じゃ、自分のやりたい音楽をやればいいのかっていうとそれだけじゃない。
前の「MODERN TIME」よりも難しいアルバムになるかもしれない。

でも難しいアルバムは作りたくない。
"音楽の虫"的なものを作っても俺は好きじゃないし、何か本当に楽しめるものが出来ればと思う。

−−音楽って、そのものズバリ、音を楽しむって書く訳だからね。
変にマニアックな音を作るっていうのは好きじゃない?


晃司−−マニアックなものを作ろうと思ったらそれは簡単な事だと思う。
やっぱり売れることがすべてじゃないけど、多くの人に聴いてもらえたのかという事も見逃せない。
自分のマインドとポリシーを失っていないものを作るのが一番難しい。
新しいアルバムを作る時は、誰でも何やかや言う。
最初はパッと珍しくていいなと思っても、結局はたいした事をやっていない。
そういう中でやっぱりカッコイイなというのがBOOWYのサウンドなんじゃないかと思う。
 結論的には『MODERN TIME』の音よりも、もう少し直接的なものになると思う。
今迄の中では『MODERN TIME』が一番クオリティが高かったと思う。
最高のアルバムだった。
あれよりもさらにいいものが作れるかどうかっていうのをいまやっている真っ最中です。