Vol.19  1987.8
#7




晃司のニューヨーク・ライフ

6月28日から7月20日まで、3週間の"旅"に出ていた晃司。
始めの1週間は、アメリカ独立記念日(7月4日)前後の混乱を避けて南の島へ。
それから2週間はニューヨークで。
「もう10回以上来ている」という"刺激"のある街−−−晃司のニューヨーク・ライフをルポ。

旅の始まりは"部屋捜し"から

リハーサルが始まる日迄に帰ってくることだけ約束して、その3週間に晃司からマネージャーに連絡を入れたのは2回。
その連絡が入る迄、晃司の居所は誰にもわからない。
飛行機手配も部屋捜しも、自分でする。
ニューヨークで2週間ホテル住まいをしたら、中級ホテルでも20万前後はかかるから、友達のつてをたどって、居候したり、アパートやマンションの一室を借りる。
今回は東京にいる親友の、知りあいのマンションで生活した。
現地での家賃が月あたり30万円位の、少しリッチな11階建てマンションの五階にある部屋。
立派に(?)自炊してました!
近くのスーパーで買い物をして、広島風お好焼きやスパゲッティーをつくったとか。
どんな味がしたのかな?

1日の生活

東京でひとり暮らしをしている学生を思い浮かべればいい。
昼前に起床。
ブランチを作って食べる。
そのあと外へ出て、ブラブラする。
「買い物をしよう」とか「何か、見に行こう」というのは特にない。
東京だと、リュックをしょって、ギターをかついで歩いていてもほっておいてくれないから、それができるのは嬉しい。
そうやってブラブラしてる時に、"ハッ"と思い浮かんだ詞やメロディーを部屋に帰って書き記す。
詞は思い浮かんだものを書きだめしておく。
まとまったものは3〜4つ出来た。
曲はメロディーだけギターを弾いて録音する。
(日本に帰ってから自分の部屋でデモテープを作っている)
夜は寝る前に、近くのバーへ行ってちょっと一杯ひっかける。
友達に「新しいディスコに行こうよ」って誘われて行くより、その方が好き。

様々な表情を見せるクリエイティブな街

大沢さん(誉志幸)が『パワーステーション』でレコーディングをしていたので、遊びに行った。
同じ時に、そこでレコーディングをしていた"スティング"を見た!
7/29のヒットスタジオで見せていた、目の書いてあるサングラスは大沢さんが露店で買ってきたもの。
自分の買い物は殆どしない。
ちょっとリッチに『ティファニー』へ行ってお姉さんへの誕生日プレゼントを買った。
ミッド・タウンに足を運んだのはその2回。
それより北へは行かない。
 ミッド・タウン以南には、アーティスティックな街並が見られる。
ソーホーやその近辺には、倉庫街にアーティスト達が住みついている。
お金のない人達が自分でデザインしたTシャツなどを、駐車場を借りて路上で売っている様子はまさに"アーティストがつくった街"という感じ。
日本で買えば1万円くらいする品が、1500円くらいで手に入る。
 マンハッタンでも、東京の"銀座"・"青山"のような街並みが見られる。

「危険な街だ」って言われているけれど

ニューヨークは"危険な街"と言われているけれど、それは"場所"によりけりじゃないかな?
TシャツにGパン姿で十分に楽しめる街。
ふらっと立寄る酒場を選ぶのも"運"だったりする。
いざ中に入ってみたらゲイの店だった。なんてことも…。
お酒は21才から許されている。
日本人は、ちょっと子供っぽく見られがちなので、パスポートを見せないと信じてもらえないこともある。

今回の"旅"の成果

一人でいて「さみしいな」と感じるのがいい。
東京にいると、休みでも電話がかかってきたりして何となく落ち着かないから……。
 この3週間の生活で、いろいろなことを考えた。
"自分の知らない自分を見た"っていう気がする。
一青年に戻って生活して、忘れていたことを省みることができた−−だから、1年に1〜2回は、こういう生活の時間が晃司にとって必要なのです。