TAKE IT EASY Story
scenario #9

オリエンタル・キッチン・店内
     カウンター寄りのテーブルについた2人。
     仲根、緊張に顔をひきつらせながら裕司の講義をうけている。
     カウンターの中に山田久美が働いている
裕司  「あの子?」
仲根  「考えると眠れない」
裕司  「まず目を見る。女の目を」
仲根  「目を見て、どうするんだ」
裕司  「何も言わない」
仲根  「男は黙って目で勝負か!」
裕司  「そうそう、そして女の目がうるんできたら、手を握る」
仲根  「手!?」
裕司  「そう。両手で包みこむようにやさしく。そして次第に強く」
仲根  「女に逃げられたらどうするんだよ」
裕司  「馬鹿!そんなこと言ってるからいつまでたっても、ダメなんだよ!」
仲根  「わかった。今夜から積極的にいく」
裕司  「OK。そしてロープ際に追いつめて、打って打って打ちまくる」
仲根  「ちょっと待て。お前、何の話してるんだ」
裕司  「恋するのもリングに上がることといっしょですよ。
      ただしレフェリーはいない。判定もなければ引き分けもない、
      そういうこと」

仲根  「そういうこと!」
裕司  「今日は僕がセコンドやるから。負けたら承知しないよ!」
     仲根、勇気を出してカウンターに向かう。
     仲根、久美の前に立つ。緊張。
久美  「(明るく清楚に)いらっしゃいませ」
仲根  「……どうも」
     久美を見る。
久美  「(笑顔)お久しぶりですね」
仲根  「……(久美の目を見る)」
久美  「(愛くるしく)ご注文、おきまりですか」
仲根  「(うわの空)……両手で優しく包みこむように」
     仲根、突然久美の手を握る。
久美  「キャ!お客さん!」
仲根  「あ!すいません!」
     裕司、ガックリする。  (ドラの音)


ホテル前の舗道
     裕司と仲根、歩きながら、
仲根  「明けても暮れてもボクシングに強くなるにはどうしたらいいか、
      そればっかり考えてたからさ、

      恋だとか、女だとか、そんなのもってのほかだと思ってたんだ……」
     2人、ホテルの前に来る。
裕司  「彼女、本当にここ出るんだろうね」
     仲根、帽子で合図する。
     ホテルのイルミネーション看板
       スウィート・ハート・トゥナイト
          ミッドナイトショー
          8F・ピアノラウンジ
     次のシーンの歌が先行して−−



ホテル・ラウンジ
     ピンスポット1本のシンプルなライティングの中で歌う女
     −−氷室麻弓。

     シンプルな黒いドレスで、成熟しきった女のフィーリングで歌う。
     裕司、予想外の展開に細い目を丸くして聞き惚れている。
     麻弓、紳士淑女の客席をゆっくり回りながら、語りかけるように
     バラードを歌う。

     ライブハウスの時とは違って、深い安らぎに誘いこむような歌だ。
裕司  「あれ、さっきの女?」
仲根  「マキュウ、氷室麻弓」
裕司  「マキュウの伝説」
     麻弓が近づく。裕司を見つめる。
     裕司、サングラスをとって麻弓を見つめる。
     見つめあう、麻弓と裕司。
     裕司のサングラスを麻弓がとって、自らかける。
裕司  「……(不敵な微笑)」
     麻弓、歌いながら去ってゆく。
     あっけにとられる仲根。     (WIPE)

     クローズしたラウンジのピアノのところに裕司と仲根だけ残っている。
仲根  「マキュウ、本当に来るかな」
裕司  「俺の目見たろ。あいつの目も見たろ」
仲根  「うん。あいつの目、うるんでたみたいだったけど、ライトのせいかな」
裕司  「馬鹿。本当にうるんでたの。ああいう風にやるんだぜ」
仲根  「ヘェー……!」
     そこへボーイが来る。
ボーイ 「お待たせしました」
     ボーイの背後を見回す裕司と仲根。
ボーイ 「申しわけございませんが、氷室麻弓はご招待を受けられない
      そうです。

      これをお渡しするようにと」
     裕司のサングラスを渡して、去る。
     そのサングラスのミラー面に、口紅でメッセージが書いてある。
     『A HO』
     裕司、不意に笑いがこみあげる。
     同時に、仲根も。
     2人、腹をよじ、カン高く笑いながら出て行く。