ユー・ガッタ・チャンス Story
scenario #13

[72]神戸の夜景が遠ざかる
     ケーブルカーの車内。
     寄り添って坐る裕司と夕子だけが、客。
     複雑な気分の夕子……。



[73]古いホテル
     山中の石の階段を下りてゆくと、今は使われていないホ
     テルがあらわれる。
     それは汽船を模した三層の洋館で、屋上に煙突、各フ
     ロアは船窓の形をした窓が配してある。
     不気味な闇の中の、たたずまい。
裕司 「……」
夕子 「……」
     中に入ろうとする。
     フッと見上げる。
     屋上に人影。合田である。
裕司 「イエッ!」
     裕司、トントンと階段を駆け上がる。
     はずむようなステップ。
     その足がピタッと停まる。
     合田が拳銃を向けている。
     裕司、おどけてホールドアップ。
     合田、拳銃を裕司に投げる。
合田 「(笑って)オモチャだ」
     裕司、口笛吹いて屋上に登り、合田と並ぶ。
     眼下の神戸市街を見下ろしている合田。
裕司 「……(話づらい)」
     夕子がゆっくり登ってきた。合田を不安気にみる。
     沈黙。闇。
合田 「……やっとみつけたよ、最高だ」
裕司 「ここ?」
合田 「メッカだ。映画の聖地」
裕司 「……!?」
夕子 「……(ハッとして合田を見る)」
        ×  ×  × 
     バーンと扉が開いて、合田、裕司、夕子が入ってくる。
合田 「ここがシアター」
     ガランとした広い室内に、ステージと幕がある。
合田 「音響設備、映写装置、客席とも、世界に二つとないもの
     を設置する。見てろ、俺は最高の映画館作るからなッ」
     合田、憑かれたように階段を下りてゆく。ついてゆく夕子。
     裕司、首をひねって室内を見回し、後を追う。
     下のフロア(中二階)はいくつもの部屋に分れている。
合田 「とにかく全部作り直すけどな。ここがオーディオルーム、
     ここがビデオルーム、フィルムライブラリーと図書室、こ
     の奥が、客の寝室とダイニング、バー、へへ、まだある
     んだ。ちょっとおいで、こっちこっち」
     合田、奥の一番広い部屋に入ってゆく。
合田 「ここが凄いぞ。どうなると思う?……ファクトリー。わか
     るか、現像から撮影機材、音響にいたるまであらゆる
     技術の研究、開発をするんだ。世界中のトップクラスの
     エンジニアが全部集まってな」
     合田、完成された建物のモデルをいとおしそうに眺めて
     その一部を指さす。
合田 「よし、それじゃ最後にこの部分に案内しよう。どうぞ」
     先頭に立つ合田。
裕司 「……(落胆)」
     合田、再び階段を駆け上がる。
     ウンザリした顔で後を追う裕司。
     広いテラス。
     ガラスのドームがところどころ大きく破損している。
     眼下に広がる神戸の海と街の灯。
合田 「さてと、お待たせしました。ここがシンキングスペース。
     つまりだ。あらゆる映画の頭脳が集まって知恵のやりと
     りをするんだな」
     合田、ウィスキーのボトルをあおる。酔っている。
裕司 「……」
夕子 「……」
合田 「もうここまで言えば、俺が何をしようとしているかわかる
     だろ(眼下に目を移し)オレは、あの群衆の豚共から遠く
     離れて一切の日常性から切り離されて新しいトリップを
     する為の総合的なスペースをここに作るわけだ。まさし
     く巨大な船による未知なる航海ってわけだ。だから、こ
     こから産まれるものが例え映画でなくてもいっこうにか
     まわない(自分の言葉に酔っている)」
裕司 「……」
夕子 「……」
合田 「ざまぁみろってんだ、豚共!!その為にあの3バカブラ
     ザーズから二〇〇〇万出させたが、こんのもの何にも
     役に立たん、三億だ、三億!!」
裕司 「……(シラけてゆく)」
夕子 「……(合田をみつめる)」
     夜が白みかけている。
裕司 「(冷ややかに)モニカの言った通りだ…」
合田 「あのババア何か言ってきたか」
裕司 「あなたは夢に生きてるんじゃなくて夢で生きてるんだ。
     そして、夢を金で買おうとさえしている」
合田 「……」
裕司 「僕は違うよ合田さん。例え歌うところがなくても、自分を
     表現する場がすべて奪われても、僕はヒトを豚呼ばわ
     りはできない。客を選ぶこともしない。僕は僕を高めるだ
     けだよ。そうすればいつかは誰もがわかってくれる」
合田 「……」
裕司 「そうやって少しずつ夢に近づいてゆくんだ。僕は自分の
     身体とハートで自分の夢を手にしてみせるよ」
合田 「−−−(詰まる)」
     ウィスキーをラッパ呑み。
裕司 「(万感こめて)ありがとう……」
夕子 「……(二人の男をクールに見ている)」
     風が一段と強まる。
夕子 「夢はどんな風にでもあるワ」
     夕子、合田に近づき契約書を手わたす。
合田 「……」
夕子 「ニューヨークの仕事も捨てたもんじゃないワ」
合田 「−−−(夕子を見て)」
        ×  ×  × 
     夜が明けている。
     座り込んでいる裕司。
     合田と夕子が荷物を手にしてホールから出てくる。
裕司 「……」
合田 「(裕司の肩を叩いて)十年たったらまた会おう」
     階段を下りてゆく。
     夕子も、裕司の前を通りすぎようとして、立ち停まる。
夕子 「彼には私が必要なのよ」
     夕子、想いをふっきるように階段を下りてゆく。
     一人、壁に凭れて気怠く立つ裕司。
     −−夕子と合田が山を下りてゆくのが見える。
     その反対側から、本郷三兄弟が追ってくる。
     裕司、立ちつくす。